有吉(さん)と夏目三久が結婚するという話を聞いて、怒り新党を聞いていたファンとしては良かったなぁと人の結婚で久しぶりに嬉しい気持ちになった。
サンドリ聞いてたら笑ってしまった、嬉しそうだなぁ。
もうちょい昔だったら取り残されたような気分になりそうだけど、あんまりならなかったなぁ。
まぁ世界に愛があるのはわかる、それはとてもいいことだ。
ひがまないで何かを助ける生き方をしたいもんだ。
授業、まぁ嫌いではないけれど、最初の一回が始まるまではどうも胃が痛い。
今年は学振二人、論文作成、新人教育、4月から5月は余裕で死ねそうだなぁ。
よく考えてみれば、海外学振など僕は応募したことがないのだ、胃が痛い。
学生を指導しながら、何が正解なのだろう?と思いながら右往左往している。
もう手を入れるのやめようかなぁと思ったけど、最初に持ってきたやつは本人も納得してなかったし。
すぐ網羅的な解析して新しい機構を見つけるとか書くしなぁ、
そんなんアイデアでもなんでもないから君じゃなくてもできるんじゃね?と嫌味を言って、しゃーねーなー最後の指導やとおもって書類を見ている
まぁなんだかんだ死ぬほど叩けば良いものを持ってくる子ではある
カンはあるんだけど、書類書くたびにリセットされるのがなんとも。
まぁ何指導したかなぁ、とにかく四の五の書く前に、キャッチコピー的なものを考えなとは言ったかなぁ。
昔の社会保障だが、ゆりかごから墓場まで、ってキャッチコピーはとにかく死ぬまで面倒見るよ!って意志があるのがわかる
これを頭に持ってくることができたら、方向性にはインパクトが出てくる。
ただし開始から半ページ弱ぐらいではもうキャッチコピーに辿り着くくらい出ないとxx
キャッチコピーは少し無理目に見えるものがいい
必要なら社会保障にあぶれて困窮している人の話をして盛り上げる。
そうなると、え、どうやるの?って興味が出てくる。
無理目の目標を解決できそうなアイデアを展開できたらこっちのもの
実際申請書が新しい研究の起点になることは多い。
あとはとにかく整合性を整える(結構これが大変)
文章書くと疲れちゃうから、形ができるとこの辺を投げちゃう人が多いけど、緊張感のある良い申請書ははしのはしまで気を使ってるのがわかるくらいでないと駄目(だと思う)
これが終わればPDを書かせねばならない、