そういえば、大学院時代の友達が急遽尋ねてきたが、最初全く認識できなくて悪いことをした。
話をしてたら、あー俺達FACEBOOKでつながってるやん、と思い出す。
研究室のやつは大体わかり、小学生の友達もだいたい分かる。
だが、大学から大学院時代の同級生とやらが全く思い出せないし、何をやっていたかもおぼろげな記憶しかない。
充実度、が違ったんだろうなぁとはおもう。
努力、で力が上がったとか、楽しかった時代の記憶は反芻するものだし。
色々同級生の情報交換をしたり。
ひとがみな われよりえらくみえるひよ 的ななにか。
親しむ妻はいないか。
教養の授業をやったのだけど、うちの学部の学生もそうなんだけど、遅刻が異様に多くて困る。
なんか大学における自由を少し履き違えているのではないかと思う。
欠席のくせに、出席にしてくださいという学生からのメールに辟易としてしまった。
こんなメールを送るなんて、良く恥ずかしくないなぁ。
とはおもうが、まぁ自分もやったことあるっけ。
数学Aを受けるつもりがBの登録になってしまって、みたいな話で、なんとかならないかとかやったか。
当然落とされたわけで。
まぁ失敗を機に反省してもらえば良いのである。バツ☓罰っと。
6月が終わろうとするのにかなりストレスを感じる、特にオーストラリアに行かねばならぬあたりが。
よく考えると、まだポスター作ってないや、来週末位から手を入れるか。
来年は科研費も書くし、ピシパシ学生を叩かねばならぬ。
弟子はなかなかに未完の大器っぷりを発揮している。
たまに卵の殻を割らなければと強行措置も加えているのだが、かてえなぁ、カラ。
もうちょっと自分と他人を客観視できるようにしてもらわないと、論文の固い論理構成にたどり着かないようにおもう。
もどかしさよ。
とはいえ、あんまり締め付けてもダメだし、グループで久しぶりに焼肉を振る舞うのであった。
まぁ、みんな頑張ってはいるしなぁ。
一人で焼肉食べても全然美味しくないし、これはこれで楽しい、財布は軽くなるが。
客観視をより鍛えることを目指して、少し論文の査読でもやってもらおうかなぁとちょうどいい論文が来たワイ、と学生に関連論文を流した。
だいぶ〆切が近くなったので自分で読んでみたのだけど、まぁデータは多いんだけど、中々とんでもない論文で、ここがおかしい、あそこがおかしいとかやってたら12枚くらいになっていた。
あんまり時間をかけてもしょうがないので、疑問点については全部自分が気づいたものだけにするが、文章自体はAIに作らせ、最終的に圧縮をかけて、2000字くらいに落ち着いたのかな。
あまり具体的なことは書けないけど、データのマニピュレーションとまでは言わないけど、実際より差が強く見えるような処理や、メソッドの不記載が多かった。
査読者にわかってもらおうとする、誠実さの無さが重なっていくと、こちらも間違い探しに入ってしまう。
だって詐術を良しとして査読者を騙そうとする姿勢には全然好感持てないし。
なんか間違い探しがうまくなりすぎて、査読者としては才能あるのかもしれない。
けど査読者の成功や達成度なんて無いわけで、これはかえって僕の世界を狭めているかもしれないとすら思う。
僕の心の平安のために、もっと良い論文が来ないかなぁ。

