へのへの先生仮免中

やっぱ教授になるまで仮免中で行きます(なれるのか)、神経系の研究がメインです

久しぶりに書くことは・国際会議をO県で?・弟子はどこへ?

なんとなくブログにかける感情の高まりというのが無くなってきた気はする。
表現というのはどうあがいても、共感を求める所があって、日々の怒りであったり、喜びであったりするのだけれども、なんとなく弟子たちにげらげら笑いながら苦労話をしていると、消火、昇華?されるところがある。
まぁ自分なりのグループを持てたというのは悪いことではないのだろう。
修論もおわり、年末からずっと書いていたレビューも投稿され、宿題が片付きなんとなく春を待つ。
その間、久しぶりに体調を崩し、三日間ほど学校を休み、自室で云々うなっていた。
高熱は恐ろしく、自分がビクビク痙攣しているのを感じ、救急車呼ばないとダメかなぁと思ったりした。
一夜明けて、やっと歩いて行った医者では気の毒そうな顔をしたお医者さんが話を聞いてくれて(それだけでも結構救われた気分になるものだ)、点滴をうつなど、久しぶりにした。
ビオフェルミンドンペリドン、ムムムまぁインフルエンザならぬウイルス系だとこんな所が関の山か。
ここ何年かで有休をとったのが数えるほどしかなく、取り方を忘れて事務の方に聞いたら、来季から有休とらないとめんどくさいことになるので、きっちりとったほうが良いというアドバイス、ええい働き方改革め。

さて、筆を取ろう、まぁキーボードに向かおうという気になったのは、ネタがあるからである。
さる国際会議がOK山で行われることになり、フーンと聞いている間に、なぜか地区相談役やるみたいな話になって、聞いてませんぜ、先輩!とか叫ぶのであった。
その学会と何のつながりもない気が。
まぁでもOK山でそんな会議(何にもないよーとはいった)が行われることも珍しく、できるだけのことはするかなぁ、という気分でいたところ、海外の要人も含め、OK山で会議が行われることになり、当然のように駆り出されるのであった。
まぁそれはいいんだが、ランチで話し合った海外の要人とやらが、言いたい放題。
岡YAMAには何もないとか(なにもないけど、お前らが言うなや)、設備が古い云々、ほかの場所でやれとか、もうさんざん。
おまえら茶漬けでも食ってはよ帰れや
という気分になった私をだれが責められようか、いや、責めてもいいけど、ええいくそったれが。
郷土愛にあふれてるわけでもないが、OK山でやらんというような話になったところで、だいぶやる気がなくなって、責められる先輩を尻目に、よそ見してビュッフェの飯何食べようかなぁしか考えてなかったところで、
要人たちがいきなり「お前らはどう思うんだ?
とか聞いてきたのだけど、知らんわ、OK山でやりたくないんだったら俺関係ないしー、としか思わなんだ、まさにI have no idea。
台湾あたりでやればどうですかねー、という皮肉の一つでも言えばよかったか。
まぁなんとなく、要人たちの、この会議の質を落としたくないという気概は感じたのだけど。
なんか国際会議になったら、結構知り合いくるだろうし、岡やまで遊べるなぁとかちょっと目論んでいたんだけど、やる気が壊滅、まぁまだやる目があるなら手伝うけど。
研究室に帰って、弟子たちに、GBとHXのラボに行きたかったら、紹介はするけど、破門すると言い渡しといた。
まぁ、経験上屈指の(気)まずい飯であった、ネタぐらいにはさせてもらわんと。
集中砲火にあった先輩には同情はしている。

実際弟子を今後どうするかは結構未知の領域でもある。
気質的には(理系の才能ってどこで開くかわからん)アカデミック向きかなぁ、と思う所もあり、海外で働いている後輩に連絡を取ったりしてみた。
まぁ基本的には個人で頑張ってもらわねばならぬが、この何年かで思ったけど、なんだかんだ気長に導けば、そらなりにヒトの能力は伸びるものである、やる気だけが、PIから与えにくい才能のようなものである。
そのやる気が、弟子たちにはあるように思うから、そこは何とかできるだけのことはせねばならぬと思う。
色々裏で考えていることが、当たることばかりでもなかろうけど、これも経験値になるんだろうとだいぶ割り切って動くようになった。
まぁ能力がめっちゃあるわけではないから、失敗はするんだけど、最近失敗はあまり気にならなくなったなぁ。