なかなか人生はシビアだなぁということが続いた。
何にでも解決策がある!って思えた時代は終わりつつあり、どちらを選んでも正解ではないという問いが続く
自分ではなくヒトの運命を選ばねばならぬのは、苦痛。
以前はこういうときにはブログ書かねばやってられぬ、という気持ちがあったんだけど、最近はそういう動機が無くなってきた。
多分、わかってほしいなぁって言う人がブログの向こう側にいなくなりつつあるのである。
夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには
夢は 真冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
科研費書きも残すところ1日
基盤Bは10日くらいもんでたけど、直しすぎてもう何したら良いかよくわからなくなって投稿した。
もうちょっと文字数を減らそうと思ってたけど、どうもそういう工夫ができない。
あと、多分1つ2つ図を削るべきだったかもしれない。
まぁいうて、今回の基盤Bはこれで取れなかったら一生取れない位の気持ちで気合は入っている。
去年はもう一つ大きい財団の奨励金に話を分けてしまって、どっちも取れないという事態に陥ってしまったから、だいぶ反省して、今年はセーブして基盤Bに全部のせ。
生データも突っ込めるだけ突っ込んだから、去年よりは実現性がありそうに見えていてほしい。
共同研究者にメールで原案送ったら、メール文面からもげっそりした様子の返事が帰ってきて、科研費で追い込まれてて読めませぬとのこと。
だしょうな!お気になさらず!みたいな返信を返す。
瀬戸際までがっぷり4つなんだろう、僕はすぐ諦めるからなぁ。
ああ、私にも彼にも光あらんことを。
私たちの人生は、私たちが費やした努力だけの価値がある
そうあってほしいもんだ。
萌芽はまぁ悪くないんだけど、突き抜けて良くはない。
と書き手が思ってるのは多分良くない申請書ではある。
データは面白いけど、目指している方向性がボヤッとして、ダイレクトな解決手段を取っていない気がして、ウンウン唸っている。
まぁこれはもうちょいデータ出して、データの焦点が合うようにしてから、違う奨励金に出すくらいの気持ちの方が良いのかもしれん。
学生の奨励金の申請書とかも飛んできたが、まぁ人の文章直す方がよっぽど楽は楽で、気分転換にバシバシ叩いたりしていた。
学生の自己PRはなんか先輩の丸写しか知らんけど、無難無難無難
ベースはそれでいいけど、もっと自分の体験談と絡めて、お前しかかけないPRを書きやがれとのたまう。
流し読みされるようなPRより、ちょっと癖のあるものを書く方をおすすめしている。
そんなことをやってたら、分担研究をお願いされた先生から原案が飛んでくる。
いやいや、もう読めんてーとか思うけど、天性のツッコミ上戸であり、ちょびっとこう書いたほうが良いんじゃね、みたいな話をしたら、だいたいよる8時である。
文章を書くか、読むか、直すか。
ずっと活字を見ていた気がする。
ああ、これが終わったら学生と論文書かなきゃ。
。
地方の研究奨励金が一つ当たって、幸先が良い気分にはなった。
大きくはないけど、資金のあるありがたさよ。
基盤B取れなかったときに備えて大事に使わんと。
お礼にバスを使います!っておもったけど、学校までは違うバス会社なんだよね。
バス使って旅行に行こうかなぁ、
お母さんが動けなくなって、久しく外に出ることが少なくなってしまった。
帰る家があるのは幸せなことなのねとは思うのであった。